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東京高等裁判所 昭和44年(行コ)55号 判決 1972年9月27日

控訴人

埼玉県建築審査会

右代表者会長

桜井英記

右訴訟代理人

若山梧郎

外一名

被控訴人

小林文造

ほか九一七名

右九一八名訴訟代理人

為成養之助

ほか七名

被控訴人

本館聖一

ほか七七名

主文

原判決中別紙当事者目録(却下分)記載の被控訴人らに関する部分を取消し、右被控訴人らの訴を却下する。

その余の被控訴人らに対する本件控訴を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも、第二項記載の被控訴人らと控訴人との間では全部控訴人の負担とし、第一項記載の被控訴人らと控訴人との間では、控訴人について生じた分の一〇分の九を控訴人、その余を右被控訴人らの各負担とする。

事実

控訴人(原審被告)は「原判決を取消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人小林文造ほか九二七名(原審原告ら)は控訴棄却の判決を求めた。被控訴人本舘聖一ほか七八名(原審原告ら)は、いずれも当審口頭弁論期日に出頭しない。

当事者双方の事実上法律上の主張は、控訴人が別紙「控訴人の主張」のとおり陳述し、被控訴人らが後記のとおり陳述したほか、原判決事実摘示と同一であるから、その記載を引用する。

被控訴人小林文造ほか九二七名は、右控訴人の主張はいずれも理由がないと述べた。

双方の書証の提出および認否は、原判決事実第三の記載と同一であるからこれを引用する。

理由

当裁判所も原判決と同じく、被控訴人らの本訴請求は正当であると判断する。その理由は以下のように補足するほか、原判決の理由と同じであるから、その記載を引用する。

控訴人の別紙第二の主張は、控訴人が被控訴人らの審査請求を却下した理由は右請求が請求の要件を欠いているためであり、具体的にいえば、審査請求の内容に、控訴人が審査権限を有する建築基準法に関する事項が全くないためであるというのである。

しかし、乙第一号証を検するに、審査請求の理由6の項には、本件確認処分については、対象建物に収容される原子炉の安全性との関係からみて、建物の構造、設備に、保安上衛生上違法の点がある旨の記載が見られるから、それが建築基準法第六条第一項の定める建築主事の審査事項に当ることは明瞭であり、右の記載をもつて被控訴人らが原子炉あるいは原子炉施設自体の安全性のみの審査を求めていると判断するのは正当でない。控訴人の主張は採用できない。

次に控訴人の別紙第三の主張は、被控訴人らは本件確認処分により直接に権利または利益を侵害されていないから、不服申立の利益がないというのである。

しかし本件確認処分があれば、その効果として建築の施工が適法となるわけでるから、三菱原子力工業株式会社が建物あを完成して操業を開始する段取りとなることは明らかであるが、その操業が開始された場合、被控訴人らが危惧する災害が発生する蓋然性についてはともかく、万一災害が発生したならば、附近住民の損害が僅少ですまない場合のあることは常識に属する。したがつて、被控訴人らが附近住民である限り、確認処分によつて間接的な権利または利益の侵害をうけるといつてよいから、審査請求をする法律上の利益を有すると解すべきであつて、控訴人の主張は採用しがたい。

控訴人の別紙第四の主張は、確認処分は建築基準法による具体的技術的規定に則つてされるものであつて、同法による規制に当らないものすなわち核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律による規制に適合するか否かは、確認事項のほかであるし、建築主事の能力の限界外でもあるというのである。

しかし控訴人のいうところは、被控訴人らの審査請求を却下する理由の補足にはならない。けだしさきに判断したように、被控訴人らの審査請求は、請求書の文面からみて、建築基準法所定の審査事項に関する審査請求でもあることがわかるのであつて、控訴人の主張するような、同法以外の規制についてのみの審査請求とはいえないから、右請求書受理の段階で要件の欠缺が明瞭と断定できる請求ではない。そして、かりに被控訴人らの請求の理由が控訴人の主張する内容に帰着するため、審査請求が失当ということになるとしても(当裁判所は現段階で右請求の当否を判断しているのではない。)、その結論を導くまでには、原判決が判示するように、口頭審査を経由することが法の要請であり、審査請求書受理のみの段階で、理由のないことひいては要件のないことを確定すべきものではない。よつて、控訴人の主張は採用しがたい。

しかし、職権をもつて別紙当事者目録(却下分)記載の被控訴人らの請求について考えるに、右被控訴人らの提出した訴訟委任状または当裁判所裁判所書記官が右被控訴人ら宛に送達した書類の送達報告書の各記載によれば、右被控訴人らはいずれも従来の住所を変更し、当審口頭弁論終結の日において、本件確認処分の対象建物の附近に居住していないことが認められる。したがつて右被控訴人らは、本件審査請求却下の裁決の取消を求める法律上の利益を失なつたと解すべきであるから、その訴はこれを却下するほかはない。

よつて、右被控訴人らに関する原判決を取消して右被控訴人らの訴を却下し、その余の被控訴人らに関する原判決は相当であるから、この部分についての控訴を棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法九六条、 八九条、 九二条、 九三条を各適用し、主文のように判決する。

(近藤完爾 田嶋重徳 吉江清景)

(別紙)

控訴人の主張

第一原判決が被控訴人らの請求を認容した理由を要約すると、次のとおりになる。

一、審査請求が不適法な場合には、受理の前後を問わず基準法九四条三項の手続をせず、却下の裁決をしても違法でない。

二、審査請求が不適法とされるのは、審査請求の理由の有無の判断に必要な要件を欠いている場合で、不適法か否かの判断もかかる要件の存否に限られ、理由の有無の判断にまで及ばない。

三、しかし基準法九四条三項が公開による口頭審査の制度を設けた趣旨は、その審査裁決の適正並びに当事者の権利、利益の保護を期するものである以上、恰も民訴の必要的口頭弁論にも比すべく、審査請求をなす者は、口頭審査に当つては、新たな理由を陳述することもでき、理由の追加、変更もでき、又これに相対応して審査庁には、審査請求の理由について釈明する等の義務が存するものと解され、たとえ審査請求の理由とするところが、審査請求書の記載内容だけでは理由がないとみられる場合であつても、審査庁は、すべからく右の手続をなした上で審査請求人をして新たな主張をさせ、理由の追加、変更をする場合には、追加、変更させ、不明なところは釈明するなどして審査請求の申立するところを明らかにし、必要があれば事実についても取調べをなし、その結果理由なしとの結論に達すれば、その旨裁決をなすべきで、従つて理由の有無の判断に当つては基準法九四条三項の手続をなすことが不可欠である。

四、ところで被告の主張するところは、審査請求書の申立理由として記載されている内容が、基準法所定の事項に関連性を有しない事項をもつてその理由とし、これが一見して明白に理由がない場合に当るというものであるが、乙一号証から明らかに認められるように原告らの審査請求の主たる理由は、本件確認にかかる建築物が原子炉を含む原子力施設として基準法の規則に服すべきであるということであり(基準法に関連性を有しないとは云えないものであるから)、基準法上理由があるかないかということは、基準法九四条三項の手続を経て始めていいうることである。

五、よつて被告が原告らの審査請求を基準法九四条三項の手続を経ないで却下したことは違法である。

第二しかし原判決は、次の二点で誤つている。

一、原判決は折角審査請求において審査されるのは、「理由の有無の判断に必要な要件」及び「理由の有無」と分析しながら、公開による口頭審査制度の趣旨から、口頭審査に当つて新たな理由も陳述でき、追加変更もまた審査庁は釈明することもできるから審査請求書の記載内容からだけでは理由がないとみられる場合でもなお公開による口頭審査手続をなすことが不可欠だとしている。原判決はこの手続を要するのは、理由の有無の審理に当つてとは言つているものの、これでは審査庁は審査請求を受けた場合は要件の審理であると否とにかかわらず常にこの手続をしなければならず、この手続をしない場合は全くないということに帰着し矛盾している。この厳格な手続を要するのは、原判決のいうとおり「理由の有無」に限られるのが当然で、「要件」審査にはこの手続を要しないというべきで、控訴人はこの限りでは原判決を支持するものである。

しかし、原判決が、このように矛盾した判断をしたのは、基準法九四条三項の法意を誤り且つ必要以上に強調したことと、控訴人が、被控訴人らの申立理由に対し、基準法と関連性を有しない事項をもつて申立理由としているから「理由がない」と主張している字句に引ずられこれが理由の判断と錯覚したことによるものと思われる。

(一) そこで、基準法九四条三項の公開による口頭審査の制度は、要件裁決にも本案裁決にも、およそ裁決をするには、この手続によらなければならないかどうかである。基準法九四条三項の条文には「口頭審査を行わなければならない」と命令的に定めていることから、口頭審査が絶対的のようにも読める。また基準法には民事訴訟法二〇二条のような必要的口頭弁論についての例外規定が置れていない。

しかし、基準法九四条三項は、必ずしも口頭審査を行わない場合を否定する趣旨ではなく、まず第一に、原則として口頭審査を行わなければならぬが、その際には、公開でなければならないという公開性と第二の請求人、特定行政庁、建築主事、その他の関係者の出頭を求めることを必要とすること、を特に注意的に定めた規定と解しうる。

もし、この規定を口頭審査の絶対的必要性を定めたものと解すると、司法手続である民事訴訟法と権衡を失する。

一般的に行政上の不服申立制度において、民訴に比して手続的保障を手厚くし、また建築審査会の審査手続の場合だけを、他の行政の審査分野におけるそれよりも権利保護を手厚くしなければならぬ合理的、必然的理由は極めて乏しい。

そこで民訴の規定をみると、民訴では口頭弁論を開くことを原則としているものの、二〇二条では、訴が不適法とみられ、補正を期待しえない時には、口頭弁論を経ずに訴却下の判決をなしうることを定めている。このように本来的な、また最終段階としての権利保障手続である裁判手続においてすら、口頭弁論を開かずに却下判決をなしうるのであるから、建築行政が、特にこれよりも権利保障の面で強く要請されるものがあることが証明されねばならないが、これは極めて困難である。

次に行政不服審査で口頭審査手続を採るべきか否かについては、一般原則として、行政不服審査法二五条が原則的書面審理主義を採用したことから、基準法九四条三項との関係が問題になる。一見するといわゆる一般法、特別法の関係にみえる。しかしこの基準法のこの規定は、審査法制定以前の訴願法の下で定められたものであり、訴願法での厳格な書面主義による審理手続上の不備を是正し(「建築審査会の裁決と口頭審査」高柳信一行政演習Ⅱ三二頁以下)、行政庁の意思によつてのみでなく、当事者の意思にもとづいても、口頭審査をすべきことを示すための規定であつた、と解することもできるのである。その意味では、この規定は不服審査法二五条と同旨を目的としたものである。従つて全ての場合に口頭審査を要件化しているものではない。更に原判決も指摘するごとく受理後一か月以内に裁決を下すことが要求されていることからも、不適法な訴までも口頭審査を要求するものではない。要するに、建築審査会での審査手続が民訴手続やその他の行政分野における審査手続に比して、特別なものを必要とするほどの特殊性は認められないのである(「建築基準法九四条三項の法意」荒秀都市開発一九七〇・七―一〇六頁)。

(二) 控訴人が「裁控訴人らの主張が理由がないことが一見して明白であり補正の余地がない」と主張しているのは、原判決のいう「理由の有無の判断に必要な要件」を欠いていることを指しているのである。

すなわち、控訴人は当初から「理由の無い」という中に要件が欠けている場合と、要件は充足しているが理由がない場合の二つを莫然とながら意識し、控訴人が理由がないと云つているのは、正にこの要件が欠けている不適法な場合を指しているのである。従つて正確には被控訴人らの請求は不適法であるとして却下すべきものである。

二、次に原審判決は「要件」と「理由の有無」を理論的に分析しながら、前述の如く、実際には「理由がない」という言葉にとらわれるか或は、審査請求の理由を誤解し(原判決が「他の法令の各規定と基準法の規定の対比をなし、更に法律解釈をなした上ではじめて(その規則に服さないことが)なしうるので、かかる複雑な論証過程を経てはじめてその結論が導き出されるものが一見して明白に理由がないと云えるかどうか疑わしい」といつて、このようなことが理由の有無の判断と錯覚している。)、「要件」と「理由の有無」を混同している。

しかし、「要件」と「理由の有無」(確認行為の対象は何か)は明確に区別しなければならない。

確認行為とは、建築物の計画が当該建築物の敷地、構造および建築設備に関する法令等の定める「技術的に具体的な制限基準」に適合するか否かを確定する行為であつて、これら法令に右基準の存する場合に初めて適合の有無が生ずるので、この定めのない場合は適合の有無を確定することができないのである。

被控訴人らの請求の理由は、いずれもこの定めのない場合に該当するから、この意味での理由の有無を問うことができないのである。

一方、一般に要件とは、(1)不服申立ての対象である処分または不作為が存在し、それが他の法令によつて不服申立ての除外事項とされていないこと (2)不服申立人が当事者能力と当事者適格を有すること (3)権限ある行政庁に不服を申立てること (4)不服申立期間を遵守すること (5)法定の形式を具備した不服申立書を提出することである。

そして本件で問題になるのは主として(3)であり、控訴人建築審査会が被控訴人らが請求しているようなことを審査する権限があるか否かである。

この点については、控訴人が原審で主張しているように、原子力に関連して発生する危険性に対する監督規制権は、内閣総理大臣および原子力委員会を軸とした政府に専属せしめられており、規制法には建築物自体は定められていないし、建築主事にかかる高度な科学知識能力を必要とする事項につき、適切な判断を期待することは困難であるところから、やはり基準法は建物自体の安全、衛生を対象としているだけであると考えるのが正当である。

そこで被控訴人らの請求理由の中に基準法に関連するものが僅かでもあるかとみれば全く存在しない。

被控訴人らの請求理由を要約すると (1)三菱と住民との間に交わされた原子炉設置に関する約束違反であること (2)原子力施設の設置が立地条件の点で安全でないこと (3)原子炉から放出される放射線が危険であること (4)三菱は企業採算の点ばかり考えて、住民の利益を無視していること、である。

これらの点は、私法上の問題を除いては、原子力そのものの安全性、危険性に関するものであつて、原子炉施設とは別個の存在である建築物自体に関する主張でないことは明白である。

かかる場合に控訴人審査会としては、かかる不服申立てに対する審査権が自己に存しないとして、却下することは正当といわなければならない(「建築基準法九四条三項の法意」荒秀著「都市開発」一九七〇・七―一〇七頁)。

以上の如く、本件請求理由は、要件の有無に関するものであり、これについては補正の余地もないものであり、控訴人がこれを不適法として却下したことは正当である。

第三本件審査請求は、審査請求人である被控訴人らに当事者適格が存在しないから、不適法である。

すなわち行政処分に対する不服申立てをなしうるものは、「行政庁の処分に不服がある者」であるが、それは「違法又は不当な行政処分により直接に自己の権利または利益を侵害されたもの」である。

ところで被控訴人らは、本件確認処分によつては、何ら直接に権利又は利益を侵害されていない。

何となれば建築確認の対象である建物自体によつて被控訴人らの住居の安全が侵害されるというのではなく、原子炉施設の設置により、保安上危険かつ衛生上有害であるというものだからである。被控訴人らは、本件建物の具有する性質は一にかかつて被収容施設である原子炉の性質、安全性、立地条件等々に密接に関連すると述べ、中味が危険なものだからこれを収容する建物も危険であるとの論法をとつている。

しかし、建築基準法上の建物そのものの危険性を理由としているのではなく、核物質法上の問題を理由としているのであつて、建築確認の対象たる建物自体によつて、住居の安全を害され、保健衛生上有害だというものではない。従つて被控訴人らは、本件建築確認行為によつては、何等直接権利ないし利益を侵害されたということではない。被控訴人らは、元来原子炉設置の許可を争うべきで、規制法七〇条においてその救済方法の規定も存在するのである。

よつて被控訴人らは、本件建築確認の取消しを求める審査請求の利益を有しないから、請求人としての当事者適格を有しないものである。従つて不適法な審査請求であり、基準法九四条三項の手続を経ず却下の裁決をしても何ら違法ではない。

第四建築基準法第六条一項は、建築等の計画が「当該建築物の敷地、構造および建築設備に関する法律並びにこれに基く命令及び条例の規定に適合」するか否かを確認行為の対象としている。そして基準法上、敷地、建築物、建築設備に関する定義が置かれ、更にこれに対して具体的技術的規定がある。そしてこの確認行為は基準法第一条の立法理由からして建築物の敷地、構造、設備について、安全、衛生上の見地から最低の技術的基準を対象としているのである。

そしてこれら技術的規定自体が、建築物の安全、衛生上の見地から定められているのである。

従つて「技術的に具体的な制限基準」に合致したものは、とりもなおさず、基準法第一条の立法目的に合致しており、無意味な確認ではありえない。

そこで、確認行為の対象となるものは建築物(この場合は特殊建築物)自体の技術的基準であるから、単なる私法上の権利関係に関する事項や、建築物自体の安全、衛生という観点以外からの公的な規制(例えば営業許可の有無)は確認の対象外である。更に基準法以外の法令が建築物の敷地、構造、設備につき規定を置いていても、それだけでは建築主事が判断しえないような抽象的基準しか定めていない場合も確認の対象外である。これは元来確認制度が採用されたのは、基準法以前の市街地建築物法の建築許可制度で認められていた行政庁の裁量の幅を狭め、あるいは排除し、法令の適用を画一的、機械的に行なわしめることにあつたのであるから、その判断の根拠となる基準は明確化されなければならないからである。更に、建築物についての技術判断であつても建築主事の能力の面から一定の限界が存する。

すなわち、現行の建築主事は、その資格検定に合格した者でなければならないが、その検定は「建築主事として必要な建築行政に関する知識及び経験について行う」ことになつている(基準法第五条)。その内容は同法施行令第四条で建築計画、建築構造、建築材料、建築施行、基準法令と都市計画法、およびこれらの外の建築行政に必要な知識と定められている。このような検定内容からは、高度な科学的知識、能力を必要とする事項についての適切な判断を期待することは、困難である。このことは、確認行為の最終的責任を負う特定行政庁についても同様である。

そこで、規制法の内容が、右の意味で建築主事の能力を超した事項のみで構成されているのか、あるいは建築主事が基準法上の観点からも判断しうる部分があるか検討してみる。

原子力関係法の権限系統をみると、原子力の研究、開発、利用については、総理府に置れる原子力委員会が企画と審議、決定を行ない(原子力基本法第四、第五条)、その執行権は、概ね内閣総理大臣が有し、ただその執行にあたつては、原子力委員会の意見を尊重しなければならないとしている(原子力委員会設置法第三条)。また規制法をみると、制練、加工、再処理といつた事業の許可、ならびに原子炉の設置、運転の許可、また国際規制物質の使用許可等、いずれも内閣総理大臣の権限に属せしめられており、規制内容には建築物自体は定められていない。すなわち、規制法第二四条一項四号で、原子炉の設置基準の一つに「原子炉設置の位置、構造及び設備が核燃料物質―核燃料物質によつて汚染された物―又は原子炉による災害の防止上支障がないこと」があげられているが、この原子炉施設とは、基準法上の建築物ではなく、原子炉と一体となつた施設といえる。基準法上の建築物および住民の安全に関連する規定としては、原子炉の設置、運転等に関する規則(総理府令)の第一条の二第一項二号が許可申請書の記載事項として「リ、原子炉格納施設の構造及び設備(イ)構造(ロ)設計圧力および設計温度並びにろうえい率(ハ)その他の主要事項」を、また第二項六号は申請書の添付書類として「原子炉施設を設置しようとする場所に関する気象、地盤、水理、地震、社会環境等に関する説明書」を記している。

本件についていえば、住民に対する危険に関するものとしては「地震、社会環境」として考慮の対象とされるわけだが、しかし、その判断は原子力委員会の意見を聞き、内閣総理大臣が行なうことになつているわけである(規制法第二四条二項、第二三条)。その他原子炉格納施設も、原子炉の安全という観点からの監督権が建築主事にはないことは科学技術庁設置法第九条四項、六項からもうかがいうるところである。

以上の規定から総合して考えると、原子力に関連して発生する危険性に対する監督権は、内閣総理大臣および原子力委員会を軸とした政府に存し、建築主事の確認は基準法が本来の目的とした建築物自体の安全性を対象としているのみと解される荒秀「都市開発」一九七〇・六―六九頁)のである。

原告

小林文造

ほか一〇三三名

右代理人

高橋信良

ほか三名

被告

埼玉県建築審査会

右代理人

若山梧郎

ほか五名

【参考・第一審判決】

(浦和地裁昭和四三年(行ワ)第六号、裁決取消請求事件、同四四年一一月二七日第二民事部判決)

主文

被告が、昭和四三年一一月二九日付で原告らに対してなした原告らの審査請求を却下した裁決は、これを取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一、申立

原告ら 主文同旨の判決

被告  原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

第二、主張

一、原告らの請求原因

(一) 原告らは、いずれも埼玉県大宮市北袋町に住所又は事業所を有し、居住又は勤務しているものである。

(二) 訴外三菱原子力工業株式会社は、人口密集地である右北袋町一丁目地内に、原告らとの契約に違反し、原子炉(臨界実験装置をも含んだ意味で使用する)の設置を企て、原子炉収容建物の建築確認申請を昭和四三年七月一八日埼玉県建築主事に対してなし、同主事は、同年九月七日右申請に対する確認処分をした。

(三) 原告らは、右確認処分が違法であることを理由として、同年一一月五日、被告に対し、確認の取消し、工事中止、着工部分の除去等を求めて審査請求を申立て、同日受理されたが、同月二九日付で、被告は、請求人らは本件確認について審査請求はできないと解すべきであるとして、これを却下する旨の裁決をした。

(四)、しかしながら、右裁決は、建築基準法(以下「基準法」という。) 九四条三項所定のあらかじめ公開による口頭審査の手続を経ないでなされた違法な裁決である。

よつて右裁決の取消しを求める。

二、被告の答弁

(一)、請求原因に対する認否

原告らが大宮市北袋町に住所又は事業所を有し、居住又は勤務しているものであること及び請求原因(二)の契約の存在は不知、その余の請求原因はすべて認める。

ただし、本件裁決が違法であることは争う。

(二)、主張

1 原告らの審査請求の理由は、別紙記載のとおりであるが、いずれも基準法による建築主事のする確認とは関連性がない。

すなわち同法六条一項の建築主事の確認行為は、建築物の計画が当該建築物の敷地、構造および建築設備に関する法律ならびにこれに基づく命令、条例の定める「技術的に具体的な制限基準」に適合しているかどうかを裁量を加えないで客観的に確定する行為であつて、その結果同法六条五項の禁止条項を解除する効果をもつのみで、一種の準法律行為的行政行為である。従つて、これら法令に「技術的に具体的な制限基準」の存する場合に、始めて右基準に対する適合の有無を確定することができるのであり、当該法令に「技術的に具体的な制限基準」の定めのない場合は、右法令に対する適合の有無を確定することはできないから、そのような法令は同法六条一項の法令にはあたらないと言わざるを得ないところ、

(1) 審査請求の理由の1は行政庁の関与すべき問題ではなく、必要があれば民事上の問題として訴求すべきものであり、また「原子炉を設置しない」旨の契約は、同法六条一項に言う法令にはあたらず、いずれの点よりするも建築主事が確認するに際し考慮すべき事項とはなり得ない。

(2) 審査請求の理由2、3はいずれも原子炉の安全性との関連における立地条件、または危険性との関連における排水、消火施設等の危険性をもつぱら言うもので、当該建築物の計画が、基準法に定める基準に違反していると主張しているものではない。

原子炉の安全性、危険性の判断は核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(以下「規制法」という。)によつて規制されるべきであり、基準法によつて確認ないし、審査されるべきではない。

仮りに、原告らの審査請求の理由とするところが、原子炉の安全性または危険性のみを言うものではなく、本件確認にかかる建築物を原子炉を含む原子力施設として、その安全性、危険性をいうものだとしても、原子炉施設につき、規制法が制定されたのは、原子炉施設という重大な危険物体については、特に専門知識を有する原子力委員会に諮つて、その安全性を確保することを目的としたもので、この目的からしても専門知識を有しない建築主事の確認し得べき事項でないことは明白であり、原子炉施設のもたらす危険性またはその安全性について基準法六条を解釈、適用することは法の趣旨に反するものである。仮りにそうでないとしても、原子炉施設の立地条件に関しては、原子炉設置の許可基準を定めた規制法二四条一項四号によれば、その許可基準は、「原子炉施設の位置、構造および設備が核燃料物質、核燃料物質によつて汚染された物または原子炉による災害の防止上支障がないものであること」とあり、同法第四章に基づく総理府令、原子炉の設置、運転等に関する規則一条の二、二号には、設置許可申請書の記載事項として、原子炉施設の位置につき敷地の面積、形状、敷地等を記載すべき旨定められているだけで、特に付近住宅からどの程度の距離をおいて設置すべきであるというような定めはなく、結局規制法およびこれに基づく命令、規則には建築物(原告らのいう原子炉を含む原子力施設)の立地条件に関し、何ら「技術的に具体的な制限基準」が定められていず、又原子炉施設の排水、消火施設についても、消火については特に明定された法令はなく、排水については、原子炉の設置、運転等に関する規則一条の二によれば、その構造、廃棄物の処理能力、排水口の位置を設置許可申請書に記載することを定めているだけで、具体的な定めはなく、従つて建築物に関し、「技術的に具体的な制限基準」はないと言うべく、結局、規制法ならびにこれに基づく命令規則には原子炉を含む原子力施設の立地条件、あるいは消火、排水施設等についての「技術的に具体的な制限基準」の定めはなく、これらの法令はいずれも基準法六条一項所定の法令には含まれず、従つて建築物の計画の確認に際し、考慮する必要はないものというべきである。

(3) 審査請求の理由4、5はいずれも基準法において規制すべき問題ではなく、同法一条は、建築関係法令に定められた範囲内で公共の福祉の増進に資することを定めたもので、規制法およびその関係法令は、右に述べたとおり、基準法六条一項所定の法令には含まれず、かつ規制法は、基準法一条に基づいて定められたものではないから、原告らの主張する公共の福祉の点は同条に基づいて考慮すべき事項ではない。

(4) 原告ら審査請求の理由結論部分に述べられていることは、結局原子炉の危険性を論じ、かかる危険な原子炉を収容する建物の敷地、構造又は建築設備は、保安上危険で、かつ衛生上有害であるというものであり、基準法に基づいて建物自体の敷地、構造または建築設備の危険性をのべているものではない。

原子炉の危険性については、前述のとおり規制法によつて規制すべきであり、かつまた同法は、基準法六条一項所定の法令には含まれないのであるから建築主事は、建築物の計画の確認に際し、考慮する必要のないものである。

基準法が同法によつて保持しようとする保安、衛生は、建築確認にかかる建築物自体によつてもたらされる居住者ないし、その利用者一般の保安上の危険、衛生上の有害をさけるという意味における保安、衛生を指すもので、建物の被収容物たる原子炉等危険物の危険性よりする保安、衛生を意味するものではない。

以上のおりであつて、原告らの審査請求の理由は、いずれも基準法六条による確認の対象とはなり得ない事項をもつて理由としており、基準法による建築主事の確認とは関連性がなく、その理由のないことは一見して明白である。

2 ところで、基準法九四条三項は、すべての裁決においてあらかじめ公開による口頭審査を要求しているものと解する必要はなく、不適法な審査請求においては右手続を経ないで却下の裁決をしても違法ではないというべく、本件審査請求のごとく、その理由のないことが一見して明白であり、基準法上の事項以外の事項をもつて審査請求の理由とし、補正命令の余地もない場合は、同法九四条三項の手続を経ないで却下の裁決をしても違法ではない。

3 仮に右主張が理由がないとしても、原告らは、本件確認にかかる建物の確認処分自体の取消しを請求していないから、被告のなした本件裁決が取り消されるに過ぎず、従つて再び確認処分につき審査して、あらかじめ公開による口頭審査を経ても、原告らの審査請求の理由の現状をもつてしては棄却又は却下の裁決に至ることは言をまたず、結局あらかじめ公開による口頭審査を経て再び審査しても、同じ結論に達するものである以上、原告らの本訴請求は訴の利益を欠くものである。

三、右被告の主張に対する原告の答弁

(一)1 本件建築主事の確認にかかる建築物については規制法の適用があり、同法には「技術的に具体的な制限基準」が空白とはなつていても、原子炉を含む原子力施設の立地条件と安全性について、基準法一条に掲げる立法目的に鑑みれば、建築主事がかかる建築確認行為を逸脱ないし回避できるとする合理的根拠は全くなく、被告の主張に従えば、原子炉を含む原子力施設については規制法による規制で必要かつ充分とするのであるが、それでは建築確認処分が何のために行われるのか著しく不合理といわざるを得ない。基準法は、建築主事の確認行為が行われる場合、当該事例において、「技術的に具体的な制限基準」のない場合でも、当該施設の安全性如何につき同法一条の立法目的にてらし、同法六条の解釈、運用をはかることを当然の趣旨としている。

2 基準法三条は、一定の範域のものについて適用除外規定を設けているが、原子炉を含む原子力施設にはかかる明文上の根拠がない。このことは原子炉を含む原子力施設が重畳的に基準法及び規制法の適用を受けることを意味するものである。

3 基準法九条、 一〇条、 一一条の事後救済の保障措置との関連において、確認行為の範囲を合目的に考慮するときは、原子炉を含む原子力施設から生ずることあるべき危険性、これをさけるための安全性の見地において、建築確認の適否を当初の段階で行なうことは基準法上認容されるべきである。

4 基準一法一条が「この法律は、建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定めて、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もつて公共の福祉の増進に資することを目的とする」と定めている趣旨からすれば、原告らが審査請求の理由4、5でのべている点も確認に際し十分に慎重判断されるべきである。

(二) 被告は、審査請求を受理したことは争わないところ、「受理」とは、当該処分にかかる不服申立の手続行為に瑕疵が存せず、違法であることを是認する行為をいい、この意味で「受理」とは、形式的審査行為であり、公開による口頭審理を経ての実体的判断である裁決の前段階行為である。また手続行為に瑕疵があれば補正を命じたうえで適法に受理すべきで、従つていやしくも「受理」した以上は裁決の前置手続としての公開による口頭審査をかならず開かねばならないと解すべきである。

(三) 公開による口頭審査においては、いかなる資料、証拠が申立人から提出されるか予測できないはずで、これを考慮に入れることなく審査裁決することはできないから原告らには訴の利益があることは明らかである。

第三、証拠《省略》

理由

第一、訴外三菱原子力工業株式会社が、埼玉県大宮市北袋町一丁目地内に原子炉の設置を企図し昭和四三年七月一八日臨界実験装置の収容建物の建築確認申請を埼玉県建築主事に対してなし、同主事が同年九月七日右申請に対する確認処分をなしたこと、原告らが同年一一月五日被告に対し、右確認処分の取消し等を求めて、審査請求を申立て、同申立は、同日受理されたが、同月二九日付で、被告は、原告らは右確認処分について審査請求はできないとして、これを却下する旨の裁決をしたこと並びに同裁決にあたり被告が基準法九四条三項のあらかじめ公開による口頭審査をなさなかつたことは当事者間に争いがなく、原告らが前記北袋町内に住所又は事業所を有し、居住又は勤務しているものであることは、弁論の全趣旨によりこれを認めることができる。

第二、そこで、原告らの審査請求を却下した右裁決が違法であるかどうかについて判断する。

基準法九四条二項は、建築主事の処分に対し、建築審査会に審査請求の申立があつて、建築審査会がこれを受理したときは、受理の日から一箇月以内に裁決をしなければならないとし、同条三項は、右の裁決を行なう場合においては、あらかじめ審査請求人、建築主事、その他の利害関係人、又はこれらの者の代理人の出頭を求めて、公開による口頭審査を行なわなければならないとして審査請求の申立を受理し裁決をする場合には右の公開による口頭審査が必要である旨定めている。

右規定よりすれば、建築審査会が審査請求の申立を受理した以上、あらかじめ公開による口頭審査の手続をしたうえでなければ裁決をなすことができないと一応解されるから、本件裁決において、被告が原告らの審査請求の申立を受理したにもかかわらず、右の手続をしないで、原告らの審査請求の申立を却下したことは法の要求する手続違背として一応違法であるということができる。

しかしながら、被告は、この点について、基準法九四条三項の規定は、すべての裁決において、あらかじめ公開による口頭審査を要求したものと解する必要はなく、不適法な審査請求においては右の手続をしないで却下の裁決をしても違法ではないと解すべきところ、原告らの審査請求の申立は、その理由のないことが一見して明白で補正命令の余地もなく、このような場合もまた不適法として、基準法九四条三項の手続を排して却下の裁決をしても違法ではない旨主張するので、以下被告の主張するところに従い判断する。

一、基準法九四条三項の規定によれば、前記のごとく、裁決をなす場合の審査手続として、行政不服審査法が書面による手続を原則としているのに対し、公開の口頭審査による旨定め、いわば民事訴訟における必要的口頭弁論方式にも比すべき厳格な定めをしている。

このように厳格な審理手続を基準法が要求しているのは、審査請求の理由の有無の判断にあたつて、その審査裁決の適正並びに当事者の権利利益の保護を期する趣旨と解されるから、審査請求の理由の有無に立ち入るまでもなく、それが不適法とされる場合にまであえて右のごとき厳格な手続を踏むことを要求しているとは解せられない。特に行政上の争訟については、その迅速性が要求されていること(基準法九四条二項によれば受理後一箇月以内に裁決しなければならない。)を考慮すれば、不適法な場合にまでかかる厳格な審理手続をなす必要性のないことは明かである。

ところで、行政庁の受理行為とは、当該受理の対象となる行為を有効な行為として受領する行政行為であるとされ、その意味では、被告が原告らの審査請求を受理した以上(本件において受理行為のあつたことは、前記のように、当事者間に争いがない)公開による口頭審査を経て所定期間内に裁決をしなければならない義務を負うに至つたものと解さねばならないが、受理後といえども、審査請求が不適法であることが判明したにもかかわらず、右口頭審査手続を行わねばならないとするのは無益な手続を重ねるに等しく、従つてかような場合には被告に基準法九四条三項の手続をなすべき義務まで負担させるものではないと思料される。

従つて、審査請求が不適法な場合には、受理の前後を問わず基準法九四条三項の手続をせず却下の裁決をしても違法ではないといわねばならない。

従つて以上の限度において被告の主張は理由がある。

二、そこで更に進んで原告らの審査請求の申立が不適法か否かにつき判断する。被告は、原告らの審査請求の申立の理由のないことが一見して明白で補正命令の余地もないから不適法であると主張し、原告らの審査請求の理由が右にいう一見明白で補正命令の余地がない場合にあたる論拠として、原告らの審査請求書(成立に争いない乙一号証)に申立の理由として記載されている内容が基準法上の事項以外の事項を審査請求の理由としていることをあげている。

しかしながら、審査請求が不適法とされるのは、審査請求の理由の有無の判断に必要な要件を欠いている場合で、不適法か否かの判断もかかる要件の存否に限られ理由の有無の判断にまでは及ばないものというべく(行政不服審査法四〇条二、一項)、従つて理由のないことをもつて不適法となすことはできず、また基準法九四条三項が公開による口頭審査の制度を設けた趣旨において前説示のとおりである以上恰かも民事訴訟における必要的口頭弁論にも比すべく、審査請求をなす者は、口頭審査にあたつては、新たな理由を陳述することもでき、理由の追加・変更もでき、又これに相対応して審査庁には審査請求の理由について釈明する等の義務が存するものと解され、たとえ審査請求の理由とするところが、審査請求書の記載内容だけでは理由がないとみられる場合であつても、審査庁は、すべからく右の手続をなしたうえで審査請求人をして新たな主張をさせ、理由を追加・変更する場合には、追加・変更させ不明なところは釈明するなどして審査請求の申立をするところを明らかにし、必要があれば事実についても取調べをなし、その結果理由なしとの結論に達つすればその旨の裁決をなすべきで、従つて理由の有無の判断にあたつては基準法九四条三項の手続をなすことが不可欠であると解される。

仮に、被告の主張するように、原告らの審査請求書の申立の理由として記載されている内容が、基準法所定の事項に関連性を有しない事項をもつてその理由とし、またこれが一見して明白に理由がない場合にあたるとしても(なお附言すれば、原告らが審査請求の主たる理由としてかかげているのは、前記乙一号証の記載から明らかに認められるように、本件確認にかかる建築物が原子炉を含む原子力施設として基準法の規制に服すべきであるということであり、この点について、被告は、その規制に服さないことを極めて詳細に主張しているが、その主張にもみられるとおり、被告が右結論を導き出すためには規制法あるいはその関係法令など特殊な法令の各規定と基準法の規定の対比をなし更に法律解釈をなしたうえで始めてなし得ることで、かかる複雑な論証過程を経て始めてその結論が導き出されるものが果して被告のいうように一見して明白に理由がないといえるか疑しいというべきである。)、右に述べたように、審査手続の経過によつては、いかなる新主張、理由の追加・変更があるやも知れず、また釈明により当初理由がないとみえた事項が理由ありとされる場合もあり、それらのことは、審査請求を受理した段階では予測することができず、結局原告らの審査請求の申立が基準法上理由があるかないかということは、基準法九四条三項の審査手続に従つて審理を尽して始めていい得ることである。

これを本件裁決についてみると、被告は、原告らの審査請求書に申立の理由として記載されている事項のみをとらえて原告らの審査請求を基準法九四条三項の手続によらないで不適法として却下したことが明らかであるから、右被告の行為は、たとえ、右の手続をなした結果原告らの審査請求が認められないことが予想される場合であつたとしても、公開による口頭審査手続に違背したものとして許されないものといわざるを得ない。

また、被告は、原告らの審査請求の申立の理由は、補正命令の余地がないと主張するが、前説示するところと同様の理由により、右主張は、理由がない。

なお被告は、仮に本訴請求が認容されたとしても、原告らは本件建物にかかる確認処分それ自体の取消を請求していないから被告のなした本件裁決が取り消されるにすぎず、再び右確認処分について審査して基準法九四条三項の手続を経ても本件審査請求の理由の現状をもつてしては棄却又は却下の裁決に至ることは言をまたず、結局原告らの本訴請求は、訴の利益がないと主張するが、右に述べたごとく、原告らの審査請求の理由の有無は、基準法九四条三項の手続を経て始めて判断されることで、被告の主張する原告らの審査請求の理由の現状がいかなるものであるかも結局右の手続をなしたうえで判断されるべきものである。従つて原告らは、右の手続に従つて裁決を受ける利益を有するもので、本件裁決を取り消す利益があり、被告の右主張は理由がない。

第三、以上の次第であつて、被告の主張するところは結局理由がなく、本件裁決には基準法九四条三項所定の公開による口頭審査の手続をなさなかつた違法があり、右違法は、本件裁決を取り消すべき十分な理由と認められる。よつて、原告らの本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(須賀健次郎 松沢二郎 小田泰機)

(別紙) 当事者(原告)目録《省略》

<別紙 原告らの審査請求の理由>

一、住民との約束違反

三菱原子力工業株式会社は(以下三菱と称す)かねてから「大宮には原子炉は設置しない。核燃料の再処理はしない」ということを私共地元住民に確約しており(昭和三四年)従つて我々地元住民はその言葉を信じていたのであります。また三菱は「地元の皆さんの承諾がなければ設置しません(昭和四一年一〇月二八日)とも言明していたわけであります。従つて三菱の原子炉(臨界実験装置)設置申請は二重に約束違反を犯してなされた不当、違法な行為であります。第一に大宮に原子炉は設置しないという点において、第二に地元(北袋町)の住民の圧倒的多数の者が反対している事実のいずれにも反しているのであります。

地元住民は何故三菱と以上のような約束をしたかといえば、私達は三菱原子力研究所が北袋町に設置されることを知り、放射能等の危険性について当然のことながら非常に危惧の念を抱き、種々三菱側と折衝、交渉の上、右二点の確約を得ていたのであります。このことは、仮に三菱に原子炉設置の権利がありとした場合でも、すでにその権利行使をしないことを明示しているのでありますから、権利放棄の約定或いは権利放棄を行なつたものと言うべきであります。

従つて、三菱側の設置申請行為は多年に亘る住民の反対意思を無視し、かつ約束を反故にした行為であり、原子力基本法第一条の民主の精神にも多分に反するものであります。

かかる前提と経過を無視してなされた申請が許可されることは到底許されるべきものではないと考えます。

二、立地条件と安全性

原子力施設を設置する場合何よりも重要なことは、その安全性であるはずです。その安全性の見地から最も重要な点として考えねばならないことは立地条件であることは疑いを容れる余地がありません。即ち万々一の事故の場合でも、住民に影響を与える如き場所は絶対に避けるべきであります。ところが三菱の今回の設置場所は一番近い人家までわずか六五Mのところにあり、東側は産業道路、西側は旧仲仙道と有数な交通の激しい道路に面する敷地内であり、かつ住宅、工場等の多数密集地帯で、しかも旧仲仙道をはさみ西側はこれまた日本でも指折りの大宮操車場構内となつているのであります。そして右設置場所の半径一KM以内では一九、〇〇〇人、同五KM以内では大宮市は勿論、浦和、与野の県南主要都市を包含する程の中心地域であります。そしてこの地域はますます住宅工場等が増加密集の度を加えつつあり、一〇〇万都市の建設も間近いとさえ言われているのであります。かかる観点によりすれば、当然この様な場所に設置すべきでないことは常識に属することです。アメリカをはじめこの様な場所に設置する例は世界的にも類をみません。

現に去る一〇月二六日の新聞報道によると日本原子力船開発事業団の内古関寅太郎専務理事すら「三菱原子力工業は東海村にも広い用地をもつている。むしろ東海村に建設地を移したほうが賢明なのではないか」と述べているほどであります。それ故にこそ第一項の如き約束が三菱と私達の間に出来たのです。

三、原子炉の危険性

平常時でも放射線は周辺地域に放射されるのであり、これが人体に悪影響を与えることは公知の事実であります。たとえその被爆線量が少ないからといつて、多年に亘る蓄積を考えると到底安全だなどと言い得ないはずであり、子孫の代まで考えれば、その被爆線量の蓄積はますます多くなつていくことは必然であり、またその事故時の危険性、爆発の危険性は考えるまでもないのです。放射線はどんなに微量でも害があると考えてこそ、正しい立地条件の選定や、原子炉設置場所を決定出来るのであり、これなら大丈夫だ等という考え方は、本来原子力の安全性の考え方とはなり得ないはずであります。更に三菱側は装置の目的を達するには一Wで充分と言明していたにも拘らず、二〇〇Wを申請していることを原子力安全審査会の会長向坊教授の「臨界実験にはパワーはいらない」と地元代表に言明されていたことと照らし合わせると多大の疑義があるのであります。その他排水、消火施設等々の危険性を考える上での多くの問題があります。また臨界実験装置は、その目的の多様性、性質上危険性がむしろ極めて大きいのであります。放射能に限つても現在未だ本原子炉が設置される前の段階においてすら、早大藤本教授の測定によつて、本件施設のおかれる三菱の敷地からの流出は、他の地域に比して約五倍の放射能が検出されているのであります。その意味するところは極めて重大なのであります。

四、企業採算と住民の利益

三菱が本件土地に原子炉を設置する考えを抱いたのは、何よりも、他に設置するのは企業採算上つり合いがとれないからということであります。これは住民の利益を無視した考えであること一見して明らかであります。一体、一企業の採算から住民が放射線を被爆しなければならないということ程、道理のない話はありません。住民の側から言うなら、このような放射線を被爆されるのを受認する義務は勿論ありませんし、三菱は企業採算上、そのような被爆を住民に容認させるべき権利は本来的にないはずです。

最近各地各所で大工場等の進出による産業公害が問題となつていますが、原子力災害(公害)こそ重大な結果を長期に亘り生ぜしめる現代における最も危険な公害となることは疑いをいれません。

五、我々は多少を問わず、かかる人為的な放射線を被爆することを拒絶しますし、また拒絶する権利をもつています。それは何よりもこの危険性が重大な生活侵害となるからであります。

本件審査の対象たる建築物は通常人が単に居住するといつた目的のものではありません。この建築物はその中に収容される原子炉と附加一体となり原子力施設を構成するものであります。従つて本件建物の具有する性質は一にかかつて被収容施設である原子炉の性質、安全性、立地条件等々に密接に関連すること勿論であります。就中、立地条件と安全性との関係は前述のとおり極めて重要なことであり、その施設敷地の選定は当然慎重の上にも慎重になさるべきであります。そしてこの建築物の敷地は当然今回の建築確認の際の対象として十二分に考慮さるべきところ、以上縷々主張したところよりすれば、今回の県知事(主事)の確認処分は法の規定に違反する違法、不当なものであります。

本件建築物の敷地、構造、又は設備は以上に指摘したとおり極めて保安上も危険かつ衛生上も有害である施設であります。従つて、建築基準法上違法の点がないから認可したとの見解は全くあたりません。

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